俺はこの店が好きだ。
くどいようだがサラリーマンと学生が腹いっぱい食える店だ。香水のニオイをプンプンさせて、爆音でヘッドフォンでロックを聴く…。俺の店にとって最も好まれざる類の客がこの女だった。
並んでいた客が騒動にケリがついてもそもそと店に入ってくると、所在なさそうに店の軒下でヘッドフォンから頭がおかしくならんのかと杞憂するほどの爆音をヘッドフォンから漏らしていたこの女は、突然俺の店に侵入し、カウンター横の調味料を並べてある普段使わないテーブルに堂々と腰掛け、開口一番、
「酒。」
と言いながらこちらをにらみつけた。

野郎どもがわしわしと麺をむさぼるさなか、ヒロミと呼ばれていた女は、アキラのツケだと勝手にぬかして、店のビールをあてに一時間ほどさめざめと泣いていたが、ケロリと泣き止むと、まわりで麺を食らう者達を見て、本当にうちの店に飯を食いに来ていたらしく、遂に一言、
「suica使えないの?」
「使えるわけないだろ。」
「腹減ったんだよ。」
「食券機あるだろ?」
「メン以外に使う金なんかねえんだよ!」
「うるさい女だな…。」
「なんかあるだろ?肉。アキラのツケでさ。」
もう1本ビールを出してきて勝手に飲むこの無茶苦茶な女に、俺はアキラが帰ってくるまでとこらえ、丹精込めて焼いた焼豚と、たこ糸で二つに割った褐色の味付け卵を添えて、黙らせんとばかりにテーブルに置いた。
良く見るとじいさんの店で置いてあったのでそのまま置いてあるキリンのラガーではなく、俺が好きなだけで、ほとんどビールなど出ないラーメン店で、仕事上がりに自分用に冷やしてあるモルツを2本とも勝手に抜いている…。今日の俺の分がこれで無くなってしまったではないか…。
「うめえな!これ。オッサン…」
グラス片手に能天気に上機嫌の女…。
「おっさんじゃねえよ、マスターだ。」
客のために焼いた焼豚を何皿も食らい、俺用のビールをすっかりたいらげたヒロミという女は、この空間の怨念を吸い上げて唸るような雰囲気から、すっかりただの酔っ払いと化した。
大虎が猫になるなら俺の焼豚も、さぞや本望だったということにしておこう。

あのつっけんどんな態度からは想像もつかない酔いっぷりで、この女に笑顔なんてあったのか?と言いたいほど、酔ったらピタッと飲むペースを下げる行儀の良さだった。