麺打ちのひとときに聴く、ソフト・ロックが数少ない愉しみの一つだった俺は、契約条件である店の内装は変えないという約束に抵触しない程度に設置した、BOSEのWestBoroughのスピーカーから流れる、心地よい音色に身をゆだねて麺作りに励んでいた…しかし!アキラを雇い、ヒロミと暮らすようになってからは、スキを見てBOOWYだのGRAYだのがかけられる羽目にもなった。
俺にはロックが理解できない。何よりエレキギターの歪んだ音が気分を澱ませる…。全てをテレキャスターの音に変えて欲しいぐらいだ。
何につけロックでない事を望んでいるというのに、周りはバンギャ、助手はビジュアル系、果てにはパートナーはどす黒いバンギャときている。
部屋の下のCDショップのオヤジだけが心の友だが、以前はよく店に顔を出してくれたのに、店の空気の違いにどことなく足が遠くなり、ますます孤立無援の有様で、まるで店の「ぬし」と化したヒロミは(客のバンギャに「ヒロミさん」と呼ばれているにつけ、相当の武勇伝でもあるのだろう…)ビジュアル系のグラビアを切り抜いて、店の壁に貼り付けようとして、取っ組み合いのケンカにさえなった。
「そんなの関係ねーよ。アタシの店なんだから、内装をどうしようが勝手だろ!」
契約主はあくまで俺だし、なんでつけそばとラーメンを食すために、ロックが必要なのか?なすがままにされてじいさんが怒髪天を衝くことになったら、俺は明日から何をすればいいのか…。終わらない口論の果てに、ヒロミは壁は諦めて、別途タペストリーを用意してものものしいイケメン達のコラージュをせっせと貼り付けて、ご満悦の様子だった。
ますます孤立したのが、定期的にラーメンの味見にくるじいさんがヒロミのやり方に意外に好意的な事であった。例のチーズケーキをほおばるや、
「こんなハイカラなもん、めったに食わねえが、こいつはなかなかうめえじゃねえか。」
「若い頃、ロカビリーが流行ったもんだが、聴いてるヤツは不良だなんだと、騒がれたもんだぜ。好きにやんな!」
ヒロミの事もまんざらではないらしく、おまえにはもったいない女だとか、舌の乾かないうちに店の内装は絶対変えるなと俺にだけ釘をさしつつ、ラーメンの味の文句も忘れずに、ちょっと上機嫌で帰って行った。