黒の、ストラップも何もない、シンプルなそれで、誰かに電話をかけ始める。
「……もしもし。ああ、俺だ」
「先生?」
「いま、学校の近くにいるんだって? ……ああ、そうだ。小鳥遊から聞いた」
電話の相手は、皐月さんだ。
だよね、いま電話かけるなら、皐月さんしかいない。
目をそらして、邪魔しないように校舎に入ろうとしたら、すぐに腕をつかまれて驚く。
真っ直ぐこっちを見つめる、アーモンドアイがあった。
「悪いけど、今日は会えない。その代わり、明日家に行くよ。それじゃダメか?
……ありがとう。じゃあ、明日夜に」
あたしの腕をつかんだまま、日下先生が携帯電話をしまう。
どうしたんだろう?
皐月さんとは今日会わないの?
せっかく近くに来てるのに……。
「小鳥遊」
「な、なに?」
「今日時間あるか?」
「……へ?」
日下先生は、あたしの腕を放して笑った。
まるで前世で見たような、子どもっぽい無邪気な笑顔だった。
「一緒にメシ、食わないか?」


