春の頃に思いだして。


「どれ、その手を拭いてあげようか。真っ黒じゃないかい」


獣のそれは、泥のように汚れていた。妖魅の匂いがした。


『いらぬ世話だ』

(こいつ――)


獣は振り払うように言った。彼の前脚には、多量の塵が、積もっていた。

それが、女の台詞をきっかけに散った。長い黒い束が、たった今、人を斬ったがごとくに吹きあがった。