漆黒の黒般若

食堂で一人小さくなっているのは楠葉だった


その顔は赤く色づき周りからの視線を気にするようにうつむきながら夕飯を食べている



それもそのはず


日向ぼっこの際に寝てしまった楠葉は稽古から帰ってきた斎藤によって起こされた


しかし、頭には寝癖がつき、寝起きでボーッとしている顔には畳のあとが走っている


そんな楠葉にさすがの斎藤もしばし腹を抱えていた


「はぁ…、あたしもうお嫁に行けないよ」


あまりの悲惨さに未だになかなか立ち直れない


「楠葉っ」

「あ、永倉さん…。こんばんは」


ぶそぶそしながらご飯を口に運ぶ楠葉に永倉が話しかけた


「なんだ、やけにしけてんなぁ〜。斎藤と喧嘩か?」


「なんでそこで斎藤さんが出てくるんですか?」


「お前斎藤と仲いーだろーがよ。もしかすると俺たちよりもいいんじゃねぇか?」


「そんなこと、ないですよ…」


「そうかなぁ?俺はお似合いだと思うぜ。応援してるからなっ!」


「えっ?!あ、あの。あたしたち別にそういう関係じゃないですし…。そのっ、斎藤さんとは主と小姓の関係というか」


「おっ、そうなのか?まぁいいや。ところで楠葉、佐之知らないか?」


「佐之さんですか?」


「あぁ、夕方から見当たらねぇんだ。一緒に酒でも呑もうかと思ってたのによー。あいつ一体どこいきやがったんだ?」


「佐之さんなら確か、今日は隊務があるっていってましたよ?」


「隊務ー?こんな夜にかぁ?あいつ今日は見回りでもないのに隊務だなんてどうしたんだ?しかも俺にも言わないなんて」


「永倉さんは聞いてないんですか?」


「あぁ、ちっとも耳に入ってねぇ。でもまぁ隊務ならしょうがねぇか…」


佐之さんの仕事を永倉さんが知らないなんて

2人は昔からの親友らしく、いつも一緒にいる
そこに平助くんも入って三馬鹿って言われるくらいだ
そんなに仲がいい2人でもお互い知らないこともあるんだ。と少し驚いた



「んー、あとこれ落ちてたんだが持ち主知らないか?」


「あっ!それっ」


永倉さんがもっていた落とし物には見覚えがあった


薄い黄色に朱色の紅葉が咲き誇る綺麗な扇子


それは昼間お梅さんがあたしに見せてくれたものだった


「それ、お梅さんのものなんです。とっても大事なもので。あたしがお梅さんに届けてきます」


「本当か?!持ち主がみつかってよかった。じゃあ楠葉、頼むよ」


「はい。任せてください」

お梅さんもおっちょこちょいだなぁ

確か、今日あげるって言ってたっけ

今ごろこまってるんじゃないのだろうか


一刻も早くこれをお梅さんに届けてあげたかった


その一心で楠葉は土方さんに言われた言いつけも忘れて八木邸へと向かった


“明日、八木邸には近くな!必ずだそ…”