「お風呂、お先に頂きました。……あれ? 詰将棋ですか?」
お風呂から出た稜君が、リビングで将棋盤に向かい合おうお父さんに声をかけた。
「そうそう! お父さん、いっつも一人で将棋の雑誌片手にそうやってんの!」
昔からそうだった。
お父さんは、暇になるとこんな風に将棋盤を引っ張り出して、小難しい顔をしながらウンウンと考え込むんだ。
おねぇーと一緒に何度か将棋のやり方を教えてもらったけれど、残念な事に、娘たちは駒の動きさえろくに覚えられず……。
どうやら対局を諦めたらしいお父さんの将棋は、一人ぼっちの詰め将棋といところに収まった。
そんな一人ぼっちのお父さんに、意外な言葉をかけたのは、お風呂から出たばっかりで、髪の毛も濡れたままの稜君だった。
「俺も将棋好きなんですよ!」
「そうなのかい? じゃーぜひ一局!」
「マジですか! 喜んでっ!! 俺、ちょっと強いですよー?」
楽しそうに笑いながら、お父さんの向かいのソファーに腰を下ろした稜君に驚きつつも、やっぱり頬が緩む。
だって、その光景はまるで“一家団欒”なんだもん。
お父さんにお茶を淹れて、稜君に冷たいお水を出して、ダイニングテーブルから二人の様子を眺めること十数分。
「うぅーん。本当に強いなぁ」
「いっつも、ばぁちゃんと指してたんですよ」
苦笑いをするお父さんに、稜君は目を細め、懐かしそうにそう口にしていた……。
稜君は時々こんな風に、大好きだったお祖母ちゃんの事を口にする。
いや、“大好きなお祖母ちゃん”か。
お祖母ちゃんが亡くなってすぐの頃の稜君を思い出すと、今でも胸が痛くなるけれど、こうしてきちんと向き合う事の出来る稜君は本当に凄いと思う。
「いい子ね」
いつの間にか後ろに立っていたお母さんが、ニコニコしながらそんな風に言うから、何故か胸がいっぱいになって……。
「そうでしょー?」
出来るだけいつも通りの口調で返事をする私の視界は、ほんの少し滲んでいた。