すると後ろからけたたましい音が聞こえた。
驚いて振り向くと、恐ろしい顔をした伊藤さんが息切れをしながら、こちらを睨んでいるではないか。
体育館の床を叩いてあの音を出したのか、伊藤さんの手の平はかすかにだが赤く腫れていた。

久しぶりに伊藤さんを見かけたような気がした。
化粧の落ちた素顔のままの伊藤さんの顔は憤怒に引きつっていて、わたしは思わず後ずさりをしてしまった。

「……その言葉、聞き捨てならないわね」

すごい威圧感。本当に怒っているんだ。
周りは凍ったように静まり返って、伊藤さんの息を吸う音がやけに目立つ。

「だって、そうじゃない。早めに死んだ人は、こんなに壊れなかった。こんな恐ろしい思いをしなくてすんだ。羨ましいじゃない」

ひどく怒っている彼女に刃向かったらどうなるか……脳裏に嫌な考えが浮かんだが、無視した。
もう嫌なのだ。昔のように人の顔色を見て言葉を選ぶのは。
疲れてしまったのだ。もう気遣う気力もない。