ナナセはゆっくりミズキを立たせ、今いる繁華街から近い河原の遊歩道にやってきた。
ここは人気(ひとけ)も少なく、落ち着ける場所でもある。
川の流れに沿って備え付けられた落下防止の手すりが、街灯の光を受けて夜闇に白く浮き上がっている。
「ミズキちゃん、どうしたの?」
ナナセはミズキの背中に手を当て、ためらうように動かす。
ナナセは、翔子の話の最後の方は聞いていなかった。
ミズキは血の気が失せていくほどのショックを覚えていた。
立つのもつらい。
手すりにつかまったままその手を下に滑らせ、しゃがみ込む。
ナナセもミズキに合わせるように腰を下ろした。
遠くから聞こえる繁華街のにぎやかな音と、川の中を流れる静かな水の音を耳にして、ミズキは数十分ぶりに口を開いた。
「……ナナセ君。今日、翔子さんに会ったこと、誰にも言わないでくれる?」
「わかった」
「シュン君や、マナにも……」
「うん。言わない」
「リク君にも……」
「うん……。リク君には余計に言えないよね。
メイちゃんのこと、すごく気にしてたから」
ナナセはリクに勉強を教えていた時のことを思い出す。
約束を守る意思を示すため、ナナセはまっすぐミズキの横顔を見た。
ミズキは川の流れをぼんやりと見つめている……。
リクは、メイが星崎家の子供になってからも、毎日のように彼女に会いに来ていた。
受験の日も、家庭教師がある日も、バイトが長引いた夜も……。
清の愛情を受け、星崎家に来てあたたかい暮らしを送り、だいぶ穏やかになったメイだが、
それでも、リクに対しては壁を作っていた。
“リク君は……。きっとそのことを知らないんだよね”
ミズキは、翔子から聞いた話からメイの痛みを想像すると涙を抑えられず、しばらくそのまま動けなかった。


