「ありがとう。リク君にそう思ってもらえるなら、それでいいや」
ナナセは嬉しそうにはにかむ。
「シュンは昔、クラスの子にからかわれてた俺を助けてくれて……。
憂鬱だった学校も楽しくなったよ。
それ以来シュンは、俺にとって憧れで……尊敬してる相手なんだ」
「わかる。シュン君そういうとこありそう。
バイト先の店長も言ってた。
シュン君があの店で働いてた時、シュン君は、ミスした子のフォローしたりして、いい雰囲気作りが上手だったって。
俺も、シュン君みたいになりたい」
「もう、なってるんじゃない?」
ナナセは柔らかく微笑む。
「穂積さんのこと一生懸命支える姿……。
そういうのは、いつか必ず穂積さんに伝わるよ」
「……そうなってほしいけど……。
俺なんかじゃ無理かもしれない……」
リクは、メイを抱きしめ突き飛ばされた時のことを思い出していた。
ナナセは、今リクがやっている数学ではなく、古典の教科書をサラサラとめくり、
「……リク君、これ、どういう意味だと思う?」
と、ある一文を指し示した。
そこには《愚公(ぐこう)山を移す》と書かれている。
「ぐ、こう……?
故事成語だよね」
リクは首を傾げしばらく考えたが、古典は苦手分野なためお手上げだった。
ナナセはそこに、あらかじめ持参していた水色の付箋(ふせん)を貼り付ける。
「《どんな困難なことでも、努力によっていつか達成できるものだ。》っていう意味なんだよ」
「……」
リクはうつむかせていた顔をそっと上げ、ナナセを見る。
ナナセは教科書を閉じ、リクが向かっている机の前にある窓に視線を飛ばした。
「人の心って、どうなってるのか全然分からないよね。
……俺も最近、ミズキちゃんといろいろあって、自分が情けなく感じることの連続で……。
自分の気持ちさえハッキリしなくて。
間違ったことばかりしてて。
今も、何が正解とか分からないままで。
数式みたいに、たった一つの正解にたどりつくために、それを解くための公式を探してた……。
でも、ミズキちゃんと分かり合えた時に初めて、人の気持ちに関することって国語と同じで、何通りもの答えがあるんだなって分かったんだ」


