『…行きたかったの?ハリー·ウィンストン』

『んん、何となく。深い意味はないんだけど』


愛美はスコッチを口に含みながら、淡々と言う。
嘘ばっかり、と私は心の中で呟いた。
本当はうちみたいな会社じゃなくて、もっと上を目指したかったはず。
うちの会社が悪いというわけではないと思う。
愛美にとって、満足できる場所ではなかったということ。
愛美がうちに来る前は、もっと小さな会社にいたと言う。
少しずつ、愛美は階段を昇ろうとしている。
その野心など、1、2年一緒に働いて仲良くしていれば、あっさり見抜けた。
とは言え、別にそれに関して愛美にどうこう言うつもりはない。
愛美と私の仲はもうずっとこんな感じだし、愛美は愛美の人生がある。


『いつまでいるの?』

『来月の頭まで』


愛美の握るグラスの中の氷が、カランと音を立てて崩れた。