主任の視線が己の左腕に向けられていることに気付き、私は「ああ…」と咄嗟に苦笑いを零した。


「高校生の頃、実家で飼っていた猫に引っ掻かれまして」


わざとらしく腕を摩る私の視界の端っこに、私を見遣る愛美の姿が映った。
それを、私は見て見ぬ振りをする。
愛美のロッカーの中は、もう随分とすかすかだ。
毎日少しずつ、片手に持ちきれるだけ、必要·不必要問わず今まで入れっぱなしだったロッカーの中身が持ち帰られていく。
愛美が「辞める」と私に告げた日から数日後、仕事帰りに彼女と飲みに行った。
愛美のお気に入りの、私が匠を初めて呼び出したあのバーで。


『ハリー·ウィンストンに行くことになったの』


漸く、愛美の口から具体的な言葉を聞いた。


『マジ!?』

『採用試験、受かっちゃったのよねぇ』