行かんと中二病的に行くを言い替えたのに、止まってしまっては本当の行かん(行かない)になってしまうではないか。
とはあっても、行くわけにはいかなかった。
何せ、溝出の下を通り、こちらに背を向けて歩く人には誰もおぶさっていない。
それどころか、渉自身でもなかった。
後ろ姿なので顔は分からないが、あの時代錯誤服装ではないので渉でないのは分かる。
それでも、あれもある意味、渉とは違った意味での時代錯誤だが、古き時より今にある聖装。
巫女服だ。
目に痛い赤い袴の上は、清らかな白。
帯でしばった腰部分のラインがなんとも舐めまわしい……いや、美しい。
赤いリボンで髪を一束だけまとめているのもまたいい。大和撫子を彷彿させる。


