「迂闊に動けねえんだよ、動いたら…芹霞が危なくて」


しゃがみ込んだ態勢の煌は、胸に片手で芹霞さんを抱いていて。

煌はかなり緊張した空気を漂わせてはいるが、とりあえずもぞもぞと芹霞さんが動いたのを見れば、彼女は無事のようで。


私はほっと息をついた。


「相手が見えねえから防戦一方だ。結界が効いているのか、標的に免れているだけなのかよく判らねえ。これで敵の素早さが凄く高ければ、見えねえ分…更に俺には分が悪い。だから桜を呼び出したんだ」


「見えない…?」


櫂様は怜悧な瞳に、剣呑な光を宿しながら、煌の腕の中から芹霞さんを持ち上げるようにして、自分の胸に抱いた。


「か、櫂…櫂、蝶々が…突然女の子の眼球を…ふ、ふえっ」


櫂様を見て、緊張が緩んだのか。


「煌には蝶々が…ふええん、何で見えないのよ馬鹿ワンコ!!!」


「ああ、悪い悪い。見えない俺が悪い。だけど。先刻から何回も言うように…俺はワンコじゃねえから」


半分自棄になった口調で言い捨てながら、私と目を合わせると…バツが悪そうに俯き加減で頭を掻いた。


軽率な行動を、一応は悔いてはいるらしい。


「芹霞だけが見える"黄色い蝶"が、制服の女達を襲ってこの有様だ。俺にも他の奴にも見えねえ。そんなことより。感じねえか」


警戒に満ちた低い声に。


何か――

嫌な視線を感じる。



私が目を細めて顔を空に向けるのと、櫂様も緊張した面持ちを上に上げたのがほぼ同時で、そして私達の視線は同じ1点で止まった。


「!!!」


こちらに向かわれている――

汗が噴き出るような凶々しい気配。


円筒状の建物の上。


確かに居る。


ああ、見間違いではない。


「黄色い…外套男!!?」


櫂様が舌打ちする。


太陽が照りつける、しかもこんな人が多い場所に!!