櫂Side
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赤坂にある紫堂本家を出て、乗り込んだ車が動きだすなり、まるで見計らったかのように俺の携帯が鳴った。


『玲携帯 着信』


俺の携帯にも、芹霞同様玲が加工した特殊GPS機能が備わっている。


今回、最悪…俺が紫堂本家から出てこれなくなるのではないかと懸念していた玲は、移動始めた俺のGPSを見て、電話をかけてきたのだろう。


俺の実家なのに…いや、だからこそ。

気が許せない…それが俺が生まれた家。


『櫂、よかった無事に出れたようだね。

現当主の状況はどうだった?』


その質問に、俺は薄く笑う。


「予想通り"面会謝絶"。体調不良らしいが…息子の俺すら会えない状態らしい。せめて顔だけでもと親父の部屋に詰めかけたら、周りが慌てて…青ざめた顔で必死に止めたよ。集団でね。俺は猛獣か」


『ははは。そりゃあ現当主の厳命を受けているとはいえ、『気高き獅子』をまともに1人で相手に出来ないだろう。侍従如き、束になっても不可能だ。

警護団は?」


「桜が探したが、幹部は皆留守らしい。この運転手もいつもの副団長じゃない。まあ…団員ではあるらしいが」


「どうして櫂様の運転を、こんな下っ端が…」


苛立ったような桜のぼやきに、目の前の運転手がびくんと身を震わせた。


先刻から、極度の緊張感が伝わってくる。


誰もが恐れる『漆黒の鬼雷』。

冷酷非情な警護団の団長。


役無し団員が、桜の顔を間近で見れる機会は、普通ならゼロに等しく。


更には、副団長でさえ…俺との接点があまりないのを思えば、そんな俺達の運転手を務めねばならない男に、妙な同情が湧いてくる。


『当主が寝込んでいる事態なのに、彼を守るべき警護団の幹部は団長や僕に一切の連絡なく、揃って不在。これはあまりにゆゆしき異常事態だね。

お前が言った通りだ。

恐らく――

紫堂本家に、当主はいない』