「ん…? え…? え…確か…」


芹霞は怪訝そうな顔を僕達に向けていたけれど、彼女自身を納得させられる言葉は1つだけだったらしく。


「夢……? 悪夢見てたの、あたし……」


そう、僕達は悪夢を見ていたような心地だった。


「あ!!!」


そして鍋を両手で抱く紫茉ちゃんを見つけたようで。



「紫茉ちゃんッッ!!!!」


芹霞が嬉しそうに彼女に抱きついた。



「ああっ…と、危ない。翠、鍋持ってろ!!!


おはよう芹霞。

どうした? 怖い夢でも見たか?」


爽やかに、凛々しく。


彼女は女性だとは判っているけれど。


女にしておくには勿体無い、そんな颯爽たる立ち姿。


宝塚にいたら間違いなく男役だ。



――きゅんとしちゃう。



「大丈夫だぞ、芹霞。何も心配ないからな? 食って元気出せ?」


「うん、ありがとう、紫茉ちゃん!!!」


満面の…芹霞の笑み。


ああ、その笑顔…眩しいね。


僕は男で、彼女は女で。



――きゅんとしちゃう。



「師匠、顔、顔!!!」


由香ちゃんがこっそり窘(たしな)めてくれた。


「相手は女の子だよ~、師匠!!!」



ああ、僕…。


凄く紫茉ちゃんに妬いているんだ。


そして酷く羨ましく。


羨望は同時に、どす黒いものへと変わる。


無条件で芹霞に受容される彼女という存在感が、疎ましいとすら思ってきて。



「師匠~、抑えて抑えて~」



凄まじい独占欲に、我ながら呆れて嗤ってしまった。



余裕がない。


本当に――

余裕がないらしい。