煌Side
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「こ、煌…ねえ、帰ろうよ。

何もないし何も見えないし、きっと悲鳴も、黒髪お下げの桜華の女生徒も、馬乗りになって殺そうとしてる動きをしているように見えたのも、皆煌の勘違いだよ!!」


おい、芹霞。


俺のような馬鹿でも、それだけ確りした事象が並べば、勘違いなんて納得しねえぞ?



「煌~」



及び腰の芹霞を引き摺りながら、それでも俺は中庭を歩いて行く。


お前、ゾンビ切り抜けてきたろうよ。


ゾンビより怖いか、お前?


お前のうっとりポイントも判らなければ、ぶるぶるポイントも俺判らねえ。


だけど芹霞がどんなにビクついても、1人残していくわけにはいかねえ。


櫂同様、芹霞だって危険な身の上だ。


あの気紛れな黄色い外套男、いつぽっと現われるか判らねえんだし。


「何かあるのだけは間違いねえ。それに…臭わねえか? 俺…視力と嗅覚だけはいいんだ」


目を細めて鼻をひくつかせて見せたら、


「……ワンコ」


「あ?」


「い、いや…」


一体、芹霞が何を言ったのかは判らねえけれど…まず俺の動体視力が捉えたのは、中庭の遙か奥。


俺の嗅覚が捉えたのは…黄幡会の塔で嗅いだ記憶がある甘ったるい臭い。


そして聴覚が捉えたのは女の悲鳴。


視覚、聴覚、嗅覚の…人間の五感覚のうちの半分以上が異常を認めていて、何もありませんでしたなんて結末にはなりゃしねえ。


とにかく不穏な影があったのなら、徹底的排除が…櫂の護衛として培ってきた俺の仕事。


櫂を次期当主に戻すには、どんな不安愁訴も残しておくわけにはいかねえ。