玲Side
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こんなはずじゃなかった。


もうそれは言い訳にしかならないのだろう。



僕は――


真夜中に赴いた神崎家で、予期しない来訪者に出会(くわ)した。


消息が掴めていなかった久涅と緋狭さんだった。


何故緋狭さんが、久涅を連れて神崎家に戻ってきたのかは判らない。


突然の来客に驚いたのは、僕だけではなく…向こう側もそうだった。


他にも何か気配を感じたような気もしたけれど、姿が現われなかったから、恐らく僕の気のせいだったのだろう。


他に忍んだ気配があるのなら、緋狭さんなら気付くはずだから。


緋狭さんが連れた男は、櫂そっくりで。


――坊の兄…久涅様だ。お前も知っているだろう。


僕が…"次期当主"という肩書きを奪った相手。


運命とは何て皮肉。


巡り巡って、また僕は彼と相対するというのか。


共に――


次期当主を剥奪された同士として。



久涅は、僕の薄らいだ記憶の中にある姿より、一層荒んだような風体をしていた。


元よりその残虐性に、いい噂は訊いていなかった彼だけれど、その澱みきった濁った目に…僕はぞくりとした何か冷たいものを感じた。


僕の身体が、無意識に警戒に強張る程に。


案の上、とんでもないことを言い出して。



――此処で遭ったのは丁度良かった。玲。櫂を裏切り、俺の配下となれ。そして東京全土の全ての情報機構を掌握しろ。お前が仕事をする限り、悪いようにはしない。


そして、櫂と似た不敵な笑いを浮かべて言ったんだ。


櫂の次期当主という肩書きは、既に剥奪されているのだと。


既に久涅が次期当主なのだと。


ありえないと、笑って吐き捨てた僕だったけれど、緋狭さんは真面目な顔をしたまま否定しなかった。


――嘘、ですよね、緋狭さん!!?


緋狭さんは、言った。


それは事実だと。


――たった今…紫堂当主は坊の肩書きを剥奪し、久涅様を次期当主に任命された。


"久涅様"



――櫂を裏切り、俺の元につけ。