「私の決定にお前の意向など関係ない。
何度も言わせるな、次期当主は久涅だ。
お前は…私との約束を違えた」
「では、俺が芹霞に想いを告げなければ、俺は次期当主のままでいられたと?」
「……。……そうだ」
当主は僅かな間を経てから、断言する。
その時、無声音で動いた櫂の唇。
"どうだか"
一瞬だった。
それを見たのは、俺だけだったらしい。
櫂は、何事もなかったように笑った。
「それなら安心しました。
俺に落ち度がなく、それだけが理由であるならば。
俺は、想いを告げたことに後悔はありません」
きっぱりと櫂は言った。
俺は、複雑な心境だ。
全面的に櫂を応援したいのに、櫂は…恋敵でもあるから。
こういう風に、格好良く潔く…例えそれが窮地に追い込んだものであろうと、想いに偽りないと。
それだけ愛していると。
ヘタレな俺であれば、こんな侠気見せることできるだろうか。
ちらりと玲を見ると、玲は唇噛みしめながら櫂を見ている。
玲は、櫂と芹霞を盾に、芹霞から遠ざかるように脅されていただけだ。
芹霞を諦めていたわけではない。
だけど。
もし櫂が玲の立場であったなら。
きっとまた違う局面を迎えていたと思う。
櫂くらいにきっぱりと芹霞への想いを貫けたら、櫂の貪欲さがあったのなら。
きっと今頃は芹霞も櫂も傷つけることもなく、切り抜けられたのではないだろうか。
結局自分がしてきたことは何だったのか。
大事な奴らを追い込んだだけじゃないか。
きっと玲は自分を激しく責めている。
そして、俺みたいに…櫂を羨望しているはずだ。
櫂になりたいと。
芹霞は…俯いていた。
芹霞のことだ。
今まで判らなかったとはいえ、自分のせいでこんな事態になったのだと、自分を責めているんだろう。

