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玲くんのご機嫌が悪い。


――お嬢様の"王子様"についている"悪い虫"があれば、排除しろと。


玲くんに銃を突きつけられ、がたがた震える黒服のおじさんがそう告白してから、玲くんの機嫌が急降下したんだ。…微笑みを湛えさせながらだけど。


あたしは何のことか、誰から差し向けられた男なのかさっぱり判らなかったけれど、聡い玲くんはすぐ事態が掴めたようだった。


「"虫"…ね。それで君達は、悪い虫だと判断して、銃を取り出したの? 悪い虫ね…。ふふふ。実際は、芹霞に付き纏っている僕の方が、"虫"なんだよね。本当にこの状況、何とかしたいんだけれど」


"虫"という単語が、玲くんはお気に召さなかったらしい。


"えげつない"笑いには、怒りにも似た機嫌の悪さがはっきり感じ取れて。


一部…その矛先が、あたしにも向いている気がするのは何故だろう。


「――ねえ、まさかそれ…

"虫"たる僕への当てつけ?

僕を"悪い虫"って馬鹿にしてたの?」


玲くんは、"虫"の何に機嫌を悪くしているのだろう。


"虫けら"扱いされたという、男の矜持故のものなんだろうか?


綺麗な微笑から迸(ほとばし)る、攻撃的すぎる"凄味"。


街でよく怖い人に深々とお辞儀をされる煌が、気分を損ねた玲くんを極端に恐れるのがよく判る気がする。


玲くんは優しい人なんだか、怖い人なんだかよく判らない。


黒服の男は、玲くんを100%"怖い人"と判断したようで、外見に似合わない…何ともか細い声を上げて、完全及び腰。


「嫌だな、ただ話しているだけだろ? これくらいで、情けない声をあげないでよ? こんなか弱い…平和主義者の"虫"相手にさ」


やはり玲くんは、かなり"虫"に拘っているらしい。


「――ふふふ。本当なら、もっと嬲って遊んであげてもよかったけれど、時間がないんだよ。ああ、今僕は"虫"だから、攻撃力がないという設定の方がいいか。だけどねえ…一寸の虫にも五分の魂、ってことわざ、あるし?

第一、僕…"悪い虫"だし?」


にっこり。


…黒服の男は、たった一撃で、ころりと地面に転がった。


どんな攻撃が加えられたのか、素人のあたしにはまるで見えない、あっという間の早さだった。