「・・・高橋さん」
目の前の男性は、少し低めの声をだして下を向く私に目を合わせた。
「はい」
その剣幕に、へっぴり腰の私。
少しびっくりして、はみ出しそうな涙がひっこむ。
「この後のご予定は何かありますか」
「え、あ・・・いえ」
「わかりました。ちなみに今後のお仕事先など教えてもらってもよろしいですか?」

「・・・・・」
またいきなり、痛いことを聞かれる。
痛すぎて社会的な上っ面の言葉すら出てこない。
私が必死に頭を回転させているうちに、何やら目の前に一枚の紙が出てきた。

「この住所にあるサロンへ行ってもらえますか」
上条さんは自分の名刺を差し出し、裏面に書いてある一軒のサロンの住所を指さす。

「ここにですか?・・・でも私、髪は切ったばっかりで」
「いえ、行ってもらえばわかりますから。」
強引に名刺を渡される。
だがしかし、今は悠長に美容院などに行っている暇はないのだ。
・・・かといって、何をするのかと聞かれれば何もないのだが。
「あの、でも・・・」
「私も後で来ますので。ちなみにこれ、持って行ってもらえませんか」
渡されたのは、小さな段ボールの入った紙袋。
「では、よろしくお願いします」
「あっ、ちょっ」

足早に去っていく上条さん。
・・・こんなものまで持たされたら、行かないわけにはいかない。
「・・・・はぁ・・・」
ああ、こんなことしてる場合じゃないはずなのに。
断れない、
お人よし、
いつも愛想笑い、
がコンプレックスの私は、ため息をつきながら名刺に書いてあるサロンへ向かった。

だが先ほどよりも、行き先がしっかりしているせいか足取りが軽い。
いつの間にか涙は引っ込んでるし、
誰かと話したせいか心も少し晴れている。

おつかいでも、自分ができることはとりあえずやってみよう。
しばらくはやることもないし、それで人助けができるなら。