「高橋さん」

「・・・高橋さん」

「えっ?」

ぐいっと腕をつかまれて、やっと先ほどまで呼ばれていた声が、自分の名前であったことに気付く。
目の前には、見覚えのある30代半ばほどの男性。

「お世話になっております。Art Whiteの上条です」

見覚えのある顔は、そう名乗るとかぶっていたハットを脱ぎ笑った。

「あ!いつもお世話になっております。Art White Hairのオーナー様、ですよね・・・?」

「ええ。本日はお休みですか?」

「あ、いや・・・」

Art White Hairは近辺に多くの支店を持つヘアメイクサロンだ。
オシャレで腕のいい美容師が多いことが有名で、なかなか予約のとれない人気美容室。
ヘアケア用品を扱うメーカーで受付をしていた私は、ここのオーナーに覚えられていたらしい。

「実は、本日から別のものが勤務しておりまして・・・。短い間でしたが、お世話になりました」

毎度毎度見せている、いつも通りの受付スマイルを見せたつもりだ。
だがしかし目の前の男性の困った顔を見ると、それもうまくいっていないようだ。
目じりにはちょっとはみ出しそうな涙もいる上、
笑ったはずの声は上ずってしまった。
思わずうつむく。
恥ずかしい・・・・もういっそ、泣き出したくなる。