「クソッ……」


会場の視線地獄から抜け出し、前室のイスに里美を座らせ、コートを着せた。

ちらと見た頬は真っ赤で、息が荒い。

明らかに熱があるみたいだった。

確かに、早く送ってやった方が良さそうだ。

自分もコートを羽織り、面白半分に出てきた和樹に手伝わせ、何とか里美を背負い、外へ出た。


「さっぶ……」


会場の外に出た途端、顔の正面から、痛いくらい冷たい風が叩きつけてきた。

身体中に寒さが走る中で、病人を乗せた背中だけが温かい。

とにかく、早くしよう。

一度しか行った事のない里美のマンションを、スマホのナビで探す指が震える。

少し歩くと、片手で操作するその画面に、小さなシミができた。


「げっ!」


上を見上げると、暗い夜空から白い雪が降ってきたのが見えた。

歩くうちに、それらは消えていくどころか、次々に道路を白く染めていく。


「マジかよ……」


誰だよ、雪が降れば良いなんて言ったやつ。

髪を切ってあらわになった耳元に、里美の咳がかかる。


「あぁもう……」


辺りを見回すと、たった今ライトが消えた薬局があった。

その前のベンチに、里美を一旦降ろすと、すぐにへにゃりと横になってしまう。

その身体を片手で支えたまま自分のコートを脱ぎ、彼女の頭からかけてやった。

すると、小さな声が耳に入ってきた。


「……いよ……」

「……あぁ?」

「いいよ……寒いでしょ……」


震える唇から久しぶりに聞いた声は、そんな遠慮の言葉を、必死に紡いだ。


「さみぃよ、死ぬ。話せるなら、道案内しろ。その方が早く着く」

「タクシー…呼んでくれたら……その、へんに、放置していいから……」

「放置って……できるわけねぇだろ……。タクシーなんか、よっぽど運が良くなきゃ余計待たされるだけだ。クリスマスで、しかも雪降ってんだから」

「でも……」

「良いから、ホレ。行くぞ」


ひざまづいて背中を投げ出すと、里美は結局、のそのそと身体を預けてきた。