「俺は、別に……」
「頭突きで一人倒したんだって?噂が聞こえてきたよ。そんな怖い人に見えないのに、ねー?」
最後は子猫に話しかけ、返事のような小さな鳴き声が聞こえた。
彼女の子猫をのぞきこむ顔はいつもに増して優しくて、また胸が苦しくなった。
「あの……ちょっと前に、ヘアピンなくさなかったか?」
「ヘアピン?」
新川先輩は俺を見上げて、不思議そうな顔をしたあと、黒目がちの瞳を瞬きさせた。
「うん、なくしちゃった。何で知ってるの?」
「この前、そこの倉庫に脚立運んだろ。あんたが行ったあと、落ちてた」
「拾ってくれたの?」
期待を込めた目をされ、罪悪感が立ち上る。
「あぁ……だけど……」
「うん?」
「悪い、踏んで壊しちまった」
素直に謝った。それしかできなかった。
期待を込めた眼差しが、少し寂しそうに揺らめいた。
「悪い……」
もう一度謝ると、新川先輩は、困ったように笑って言った。
「いいよ、大丈夫。もう、使わないから」



