私には、あの場の状況は判らない。
だけど。
旭についていた翼はなくなり、刹那様はそれを悔やんでいるのは判る。
誰も刹那様を責めていない。
私達はただ、刹那様に笑顔でいてもらいたいのだ。
――ごめん。オレ…もう笑えない。笑っちゃいけないんだ。
無表情で紡ぎだされる言の葉には、言霊とよばれる強い力に縛られて。
――皆この状況は辛いだろう、不完全でも"記憶"がある為に。
刹那様は俯きながら、呟いた。
――お前達を…楽にしてあげたいけれど、荏原を見届けたいんだ。どんな奴でも、例え憎まれて利用されていても…"爺"だからね。
まだ…"愛情"があるというのか、彼に。
――"爺"を狂わせたのは各務。オレの血の連なる者だから。
どうして刹那様だけが、負い目を感じねばならぬのか。
――オレが"生きる"限り、"約束の地(カナン)"の幻影は続く。だから少しだけ。
ああ――
――少しだけ…苦しくても"生きて"くれないか。
刹那様がそういうのなら。
――蓮。お前だけは生者だ。お前は…
――いつまでもお供に。
私には迷いなく。
刹那様の傍に控えることが、私の生きる"目的"となった。
――僕は…荏原につく。
司狼の申出に私達は目を細めて。
――ああいう"女"が乱入して、刹那様がしようとしているものを壊さないように見張らなきゃ。
だけど判る。
司狼の目には狂気。
彼は、"戦闘"に対し、異常な執着がある。
繰り返された実験が、彼を狂わしていたのかもしれない。
赤い女が、彼の闘争本能に火をつけたのだろう。
このまま私達と道を違えるのか。
それともまた混ざり合えるもなのか。
私達は司狼を止められない。
司狼は…私達の元から去り、そして彼の働きで――
"約束の地(カナン)"は完全に、外部から遮断された閉塞空間となりえた。

