荏原は何故、彼に"心"という"記憶"を残したのか。
その為に、刹那様が苦しんでいる。
月も旭も司狼も…完全には記憶は消されていない。
中途半端に残り…故に旭も月も妙な記憶を持った。
知能が未発達故のことなのか、それともそれこそが荏原の術なのか。
月よりは幾分知能の発育が見られている旭は、まるで昔から此の地に住んでいたかのように、現実をねじ曲げた。
月も旭も…生きる為という理由をつけて無邪気な笑みで"食"を渇望するから、嘆いた刹那様は遠くに隔離した。
後に"混沌(カオス)"と呼ばれる場所に。
無秩序に縫合された世界は、秩序を創出出来る刹那様の力と、荏原の作る…機械の力を必要としたが、それが混ざり合い作動するのはもう少し後。
刹那様が力を使い"約束の地(カナン)"の基礎を作ったのは、脅しというもの以外にも、人間以下の"天使"の現状を見ていたくなかったのだと思う。
刹那様と久遠様は融合されたというが、昔以上に…刹那様の心は多感で繊細のように思えた。
犠牲者を救うため、結果…荏原の思惑に協力してしまう刹那様は、その度に1つまた1つと、ご自分を破壊されていく。
それでも、彼にも譲れないものはあったのだ。
私は知っている。
刹那様は何かをずっと待っているということを。
気だるげな無表情の中、揺らめく光がある。
その光は、彼の瞳を赤く染めるが…僅かな時間だけ。
後はいつもの…瑠璃色に戻る。
希望のようであり、絶望のような。
それが1人の少女だと判ったのは、赤い女が来た時だ。
片腕でぐったりとした小さな少女を抱えているのに、とにかく凄く強くて…共食いの凄惨たる道を切り開いて。
紅蓮の炎。
何処までも赤に染められ、男以上に強い化け物染みた女。
私と司狼は、刹那様を守ろうと2人がかりで彼女に挑んだが、相手にすらならない。

