朝餉を口にした途端咽せた姫に、全身の血が凍る気がした。

毒を、盛られた。

そう思った。

気配を消し控えていた事も忘れ飛び入り膳を奪い、強引に毒見をした。

危険なものはなく、ただ姫が食事に咽せただけだと知り安堵した後、自分の行動に気付き決まりの悪い思いをする。


「…私などが手をつけたあとのものを食せというのは心苦しいのですが…」


早合点した上、食い残しを渡すのにためらいつつもそう言うと、姫は少し深めの辞儀をして俺から箸をうけとった。


「…お手数をおかけします」


手数、などではない。

咄嗟にそう言いそうになり、留める。

うまく言える自信がなかった。

姫の『警護』という名目で傍に仕える者として毒見は決して手数な業務ではない。

面倒な義務ではない。

しかしそれをうまく言う自信がなかった。

俺のした事は間違いではない。

しかし俺を動かした衝動は任務とは離れたところにあった。


…無心だった。


一連の行動の記憶が曖昧なほどに無心だった。

それを俺は、認めてはいけない。

それではまるで『心配』したようではないか。

『義務』でも『任務』でもなんでもなくただ俺が俺自身で姫を『心配』した、そのようではないか。

そうであるはずがない。

そうであってはならない。


…決して。


無表情の下の俺の戸惑いなど知る由もなく、安全とした食事を姫は口に運ぼうとした。

それを見守ろうとした俺はある事に気づき、息が詰まった。


待…

待った。


それは、

それは
俺が


俺が使った箸……


「…待…っ」


使用を阻止しようとして、その台詞を飲みこむ。

俺の態度に不信を覚えたのか姫は黙って俺の言葉を待った。

真っすぐな瞳に言葉が出せず視線を逸らす。


…別に。

たいしたことではない。


ただ、俺が使った箸を姫が使う。

それだけだ。

俺の口に入ったものが姫の口に触れる。

それだけのことだ。

害があるわけではない。

…別に。

…なにも。

そんな事を一瞬でも気にして焦った自分に、また戸惑った。


…どうか
している。