シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「こんにちは」

「やぁ、エミじゃないか。ここんとこ姿を見せなかったけど、どうかしてたのかい?」

「ちょっと腕を怪我してしまって・・・今日から復帰なんです。モルトさん、今日は天気が悪いから庭の仕事はお休みですか?」


ここは政務塔の使用人の控室。

エミリーはメイドの仕事をするため、久々にここに掃除道具を取りに来ているところだ。

控室の大きな窓から見える空はどんよりと厚い雲がかかり、今にも大粒の雫が零れ落ちてきそうだ。


「あぁ、今日はこれで上がろうかと思っている。もうすぐ薔薇の花が満開になる。そうすると休みもなくなるから、今日は丁度いい骨休めさ」

モルトは窓の外を眺めながら手にしたコップを口に運んだ。


もうすぐガーデンパーティの準備が始まる。

そうなったら普段の庭の整備と、薔薇園の整備、それにパーティの準備と大忙しになる。

パーティに訪れる客人たちの目を満足させるためには、あらゆるところ手を抜けない。

数人いる弟子たちを総動員しても、とても手が足りない。

そのため、早朝から日が沈むまで休みなしに毎日働くことになる。

場合によっては、夜にもランプの明かりで作業することさえあるのだ。


「わたしでよければお手伝いしたいところなんですけど・・・」

「あぁ、いいよ。気持ちだけ貰うよ。薔薇には棘があるからね。その手を傷付けたりしたら大変だ」

モルトはコップをテーブルに置きながら、ニッコリ笑って首を振った。


「まだ、行かなくていいのかい?」

「きゃっ・・・大変!あそこの掃除は時間がかかるの。急がなくちゃ、またね、モルトさん」


慌てて掃除道具を抱えると、急いで書籍室へ向かった。


パタパタと廊下を走って階段を上ると目指す書籍室がある。

重厚な飾り彫りが施された飴色の扉。

それを用心深くそうっと開く。


―――・・・今日も誰もいないわ。

書籍室の中は灯りもなく薄暗い。

念のため、キョロキョロと辺りを見回し、入口付近に誰もいないのを確認すると”清掃中”の札を扉に掛けた。