シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

アランは柔らかな微笑みをエミリーに向けている。

今まで誰にも見せたことがない顔だ。

初めて見るその表情に、あたふたとしていた心が落ち着いていく。

不安な思いが消え、素直にその場に立つことができた。

そんな様子を感じ取り、ブルーの瞳は真摯な色に戻っていく。


そして、流れるような優美な動作でふわりとエミリーの足もとに跪いて、胸に手を当てて頭を下げた。

綺麗な銀髪がふわっと揺れて精悍な頬にかかる。

一瞬の静寂の後

”・・・・我・・・ここに誓う・・・”

聞き取れないほどの小さな呟きの後、

アメジストの瞳を見つめ、恭しくエミリーの手を取る―――

そして、まるでそうすることが当たり前かのように、包帯の上にそっと唇を落とした。


目の前の、そのあまりにも綺麗な所作にぼうっとし、動くことができない。



「怪我が治るまでは何もするな。ダンスのレッスンも中止だ」

一連の出来事のせいで、すっかり肩から滑り落ちたショールを拾いながら立ちあがり、冷えてきた身体にかけるアラン。

日はもう西の山に傾きかけ、テラスに二人の長い影を落としている。

「テラスは冷える。君はもう部屋に戻った方がいい」

言いながらテーブルの下に落ちていた本を拾うと、ついでに拾うかのようにエミリーの足に腕を差し込んで、軽々と抱き上げた。

突然のことにバランスを崩し、慌てて肩にしがみつく。

「っ・・・・?あの、え?・・歩けますから・・・」

「あのまま放っておいたら、君はずっとテラスに居そうだ」

片手に本を持ち、片手でエミリーを抱え、部屋の中へとすたすたと歩くアラン。

確かに、今の訳の分からない出来事に頭がぼうっとして、身体は固まってはいた。

でも、だからと言って歩けない訳ではないのに。

怪我したのは腕なのだから。

急に過保護になったアランに戸惑ってしまう。


「私は執務室に戻る。メイが来るまで廊下に護衛を待機させておくから、何かあれば申すと良い」

言いながらソファにそっと下ろすと本を渡し、そのまま部屋を出ていった。


廊下に出たアランは待機部屋に居る護衛を呼び

「今からメイドが戻るまでここで待機することを命じる。部屋の中で何かあれば、無許可での入室を許す」

護衛は無言で頭を下げると扉の前に立った。


足早に執務室に戻るアラン。

一つ気にかかる案件があった。

その表情には威厳あるブルーの瞳が輝き、いつもの王子の顔に戻っていた。