シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「はーい、どうぞお入りください」

ノックの主はメイだと判断したエミリー。

テラスから部屋に向かって返事をすると、そのまま再び本に視線を戻した。


その返事に答えるように開かれる扉。

いつもの癖で、足音も立てずに入ってきた人は、部屋の主を探すように瞳を彷徨わせた。

―――確かに声がしたが

部屋の真ん中に佇み、何処にいるのかと思案を巡らせていると、頬にかすかに感じる風。

テラスに向かう大きな窓が開かれていて、さわやかな風が部屋の中に吹き込んできている。

風に揺らめく小花模様のレースのカーテン。

それを鍛え上げられた筋肉質な腕が脇に避ける。

と同時に聞こえるかすかな衣ずれの音―――



「どうしたの?メイ、今日は早いのね」

人の近付いた気配に、本を読む視線を外して仰ぎ見るエミリー。


ゆっくりと見開かれるアメジストの瞳に、驚きと喜びの色が複雑に混ざり合う。


「アラン様・・・どうして―――」

最後は驚きのあまり声にならない。

―――ここにいるの?

ラステアから帰るのは明後日のはずなのに、目の前にアランが立っている。

しかも入浴してきたのだろうか、ハーブ石鹸の爽やかな香りを漂わせている。

いつもの束ね髪でなく、さらさらと長い髪が風に揺れている。

久々に見るせいだろうか、ブルーの瞳はなんだか優しく見える。


「何故かな・・・予定を切り上げて帰ってきた」

そう言いながら目の前のエミリーを見つめるアラン。

テラスの日だまりの中レースのショールを羽織り、白いワンピースを着た姿は清楚で、白く綺麗な肌はメイクなど必要のないほどに美しい。

さっきまで尖っていたアランの心が、太陽に照らされた氷のように溶けて解れていく。

艶やかなブロンドの髪、華奢な肩にかかるレースのショール・・・確かにそこにいるのを確認するかのように、ブルーの瞳がゆっくり動く。

その瞳がある場所に来ると、急に留まった。

レースのショール越しに見える白い布。


「それは?」

言いながら椅子の傍まで来ると、サッと跪いて腕にかかってるショールを避ける。

アメジストの瞳の前で銀髪がさらりと揺れ、風呂上がりの爽やかな香りが漂う。

武骨で大きな手が、状態を確認するようにそうっと腕を包んで優しく撫でる。


「―――何があった?」