シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「あの薔薇園は美しいだろう?

私はあそこが好きでね。暇を見つけては足を運ぶ場所の一つなんだ。

今日はモルトが新しい品種の苗を手に入れたと言うのを聞いて、見に来たんだ」

塔への道を歩きながら優しくエミリーに話しかける。

「新しい品種ですか?是非見たいわ。わたしも、薔薇に限らず花が好きなんです。

それに、花の世話をするのも得意なんですよ。故郷でもよく庭の手入れを手伝っていましたし。

実は・・・ここの庭の手入れの手伝いもできたらいいな・・・なんて思ってるんです」

そう言うとパトリックを仰ぎ見て微笑む。

その笑顔はどこかぎこちなく、無理して作っているように見える。


だんだん塔に近付くにつれ、出会う人も多くなってくる。

城で休息時間を過ごす使用人も多い。

「こんにちは」

使用人たちはパトリックを見かけると、皆近づいてきて頭を下げて挨拶してくる。

その度手の中の肩がビクッと震え、顔を隠すように俯いてしまう。


無理もない。さっきの今だ・・・恐怖はまだ拭えないだろう。

手をあげてにこやかに挨拶を返しながらも、細く震える肩にそっと力を込めて自分の方へ引き寄せる。

その度に細い身体はバランスを崩してよろけるものだから、ますます手に力を込めてしまう。

こうしていても体の緊張はまったく解れずに、固いままだ。

おそらく部屋に戻るまでは続くだろう。


「先程の件は、君だと分からないように報告しておくよ。

2度とあんなことが起きないよう対処しなければならないからね」


塔の玄関に辿り着くと、肩を大きく包むようにしていた手を離し、そっと背中を押した。

「君が部屋に戻るまで、ここで見ているから安心するといいよ」

言いながら腕組みをして壁に寄りかかる。

「あの・・・お部屋でお茶を」

アメジストの瞳を潤ませながら見つめるエミリー。

その表情に心は大きく揺さぶられるが、ぐっと堪える。

「私は・・・許可なくして、ここには立ち入ることができないんだ。気持ちだけいただくよ」

「そうなんですか・・・。今日は本当にありがとうございました」

残念そうに呟き、ブロンドの巻き毛を揺らしながら部屋へと戻っていった。