シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

まだ涙を零しているエミリーをそっとベンチに座らせると、赤く腫れた腕を優しく取り、丹念に診た。

パトリックには少々医学の知識があり、簡単なものなら診ることができる。

細く白い腕は相当抵抗したのだろう、男の手の跡がくっきりと付いている。


「これは暫く痛むかもしれないな」

パトリックはポケットから出したハンカチを噴水で濡らすと、腫れた腕に当てた。

冷たくひんやりとした感触はとても気持ちよく、痛みが少し和らいでいく。


「部屋まで送るよ。その腕、きちんと手当てした方がいい」

言いながら立ちあがろうとするパトリック。


エミリーはハッとする。

メイドの自分がアランの塔に住んでいるのは、普通おかしいことだ。

どうしてそこに住んでいるのか問い詰められたら、困る。

パトリックがエミリーのことを知らないのであれば、それは言ってはいけないことのような気がする。


確かに今、一人で帰るのは怖い。

またあの男たちのような者に出会うかもしれない。

しかし、パトリックに送ってもらうのは・・・。


エミリーは再び襲ってくる恐怖に身震いしながら

「あの・・・いいです。一人で帰れますから。

お礼は改めていたします。ありがとうございました」

あたふたと立ち上がり、その場から逃げるように後退すると踵を返した。


その瞬間、パトリックの腕がエミリーの行き先を塞ぐ。

「ダメだよ。そんな状態では一人では行かせられない。

君が良くても、私が後悔しそうだ。部屋は―――アランの塔かな?」


その言葉に、驚いたように見開かれたアメジストの瞳がパトリックに向けられる。

「私は、アランの従兄弟なんだ。

詳しくは知らないが、君はアランのところに住んでいるんだろう?

そして、このことは内緒―――そうだね?」


確認するように見つめるパトリックに無言で頷くエミリー。

「どうやら、私の考えは当たっていたようだ・・・」


そう呟くと、震える肩を大きな手で守るようにそっと抱いて


アランの塔へと足を向けた。