シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

目の前の光景が信じられないといった風情のアラン。

手渡された本を持ったまま、呆然としている。


ブルーの瞳に映るのは、ぶかぶかのコック服を着て、嬉しそうにしおりを持っている姿。

それはラステアに訪問する際に、手紙だけではそっけないと思い、何となく目についたものを手紙と一緒に入れたもの。

あの時点では、まだこれほどに想ってはいなかった。


目の前の愛しい者は、それを大切そうに持っている。

夜に塔を抜け出してまで、探しに来たもの。


それが自分のあげたもの―――



「覚えていますか?このしおり。アラン様が手紙と一緒にくれた物です。あの時、食堂に行ったらアラン様がいなくて、わたし、とても寂しかったんですよ?でも、このしおりが手紙に中にあって嬉しくて・・・。なんだかアラン様が近くにいるような気がして、とても慰められたんです」


しおりを見つめ、俯いたまま呟くように語るエミリーの言葉。

それを黙って聞いているアランの武骨な手が、顔を隠すように額を覆った。

声を出さずに唇だけが動き、何かの言葉を紡ぐ。


「3階の部屋に移ってからすぐに探したんですけど、どこにも見つからなくて。今日は、2階の部屋まで探しに行っちゃいました。でも、やっぱり見つからなくて。当たり前ですよね・・・あんなに綺麗にお掃除してあるのだもの・・・。一旦お部屋に帰ったんですけど、なんだか、今夜は、いつもにも増して気になってしまって、眠れなくて―――どうしようもなくて。だからこんなことを。ごめんなさい。わたし・・・こんなことで皆さんを巻き込んでしまって、ほんとうに困った者ですね。明日、皆さんに謝らなければいけないわ」


メイに、ラステアのマリア姫の話を聞いて、急に湧きあがった焦燥感。

大切なものを奪われていくような、妙な焦り。

いてもたってもいられなくなった。

あの時貰った銀のしおり。ずっと探していたこれさえ見つかれば、この焦燥感も少しは薄れそうな気がした。

でも実際手にしてみると、嬉しさと安堵感のあとに、想いを再確認するように、湧きあがった焦燥感。



―――ダメね・・・諦めなくてはいけないのに。

アラン様の邪魔をしてはいけないのに。


”心に決めた方がいらっししゃいますから”


”エミリーさんがお嫁に行かないと、アラン様は安心してお妃さまを迎えられないでしょう”


分かってる・・・分かってるけれど・・・


”お兄様は、ほんとうにエミリーさんのことを想っているの”



パトリックさんの優しい手。大きく包み込んでくれる優しい腕。


あの中に飛び込めば、この苦しい想いから逃れることが出来るのかしら。




この想いを、忘れることが出来るのかしら―――