シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

一人部屋に残されたエミリーはカップの中をじっと見つめた。

部屋の灯りに照らされるカモミールティーは、眠気を誘う甘い香りを放ち、カップの中でゆらゆらと揺れている。

まだ時間が早いため、まったく眠くない。それよりも気にかかることがあって、それを解決しないことには、今夜はどうにも眠れそうもない。


エミリーは部屋の中を見渡した後、残りの液体を全部飲み干した。

意を決したようにレースのショールを羽織り、カップを持ってそうっと扉を開けた。

忍び足で廊下に出てキョロキョロするエミリー。

視界に映る範囲には、いまのところ警備兵の姿は無い。


「誰もいないわよね・・・」


静かにそぅっと扉を閉めていると、警備兵が音もなくスッと近付いてきた。


「エミリー様、何処に行かれるのですか?」


背後から急に声をかけられ、身体がビクッと震えた。そのせいで危うくカップを落としそうになってしまった。あたふたとカップを両手で持ち直して、警備兵に向き合った。



「あ・・・えっと・・・こんばんわ」


「エミリー様、只今の時刻は護衛はおりません。よって、部屋を出ることはできません。それに、そのような姿では尚のこと、外出を許すことは出来ません。どうぞ部屋の中にお戻り下さい」


ナイトドレスを着た姿をなるべく見ないようにしているのか、警備兵は瞳を伏せがちにしていた。


「少しだけ、下の部屋に行きたいのですけど・・・。ほんの少しだけ・・・。このカップを洗いに行きたいの。すぐに戻りますから」

顔の前に両手で持ったカップをかざしてお願いするエミリー。


「この塔から出なければ、大丈夫なのでしょう?」

「しかし、カップを洗うのならばメイドか使用人に頼めばいいでしょう。エミリー様がなさることでは御座いません」


強い口調で窘める警備兵。3階を守る身としては、そう簡単にエミリーを部屋から出すことは出来ない。


「そうじゃなくて。わたし、自分で洗いたいの。これくらいのことだから、メイドには頼みたくないの。お願い」


「しかし―――」


警備兵は迷うように瞳を伏せた。

――この塔から出なければ危険はないだろうが・・。塔の中ならば護衛がつかなくてもいいだろうか。

私が付いていければいいのだが、今は夜の警備中だ。持ち場を離れることは出来ない・・・。

下の階にも警備兵はいる。塔から出なければ、余程のことがない限り大丈夫か――


「ね?・・お願い」


強い光を放っていた警備兵の瞳が、柔らかくなっていく。