シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「え?挨拶なんて・・・・挨拶なんてさせてもらえるはずないわ。わたしなんて、身分が違いすぎるもの」

エミリーは俯いていた顔をあげ、身体の前でとんでもないと言うように、両手をぶんぶんと振った。


「そんなことありませんよ。だってエミリー様は―――ぁ!・・ぃ・・っけない・・・!今何時かしら・・・」

急に何かを思い出したのか、メイは壁の時計を見た。


「大変!もうこんな時間だわ」


呟くようにそう言うと、カップの中のカモミールティーを全部一気に飲み干した。


――そんなに時間が経ったかしら・・・?

慌ててる様子のメイにつられてエミリーも時計に目をやった。


壁には花の時計がかかっている。数字の部分に花がデザインされたこの時計は、前に使っていた部屋に取り付けてあったもの。

実はこの時計、ラステアから戻ってすぐにアランが特別に作らせたもの。

数字に季節の花が絡まる様にデザインされていて、とても綺麗な時計。

この時計はエミリーのお気に入り。

この部屋には、シャクジの花と月がデザインされた時計がかかっていたけど、アランに頼んで替えて貰った。

そうして欲しいと頼んだ時、アランは何故か迷うように瞳を伏せていたが、”君がそう望むのなら、仕方がない”と言って使用人に命じて替えてくれた。

命じられた使用人も何故か戸惑っていたが、アランの威厳のある瞳に圧され、掛け替えてくれた。


その時計の針は8時を少しまわっていた。


「申し訳ありません。エミリー様、今夜はこれで失礼いたします。あ、エミリー様のカップはそのまま―――そこに置いたままでいいです。私が明日片付けますから」

シンプルなハート模様のカップと薔薇の花模様のポットが、お揃いのトレイにトントンと乗せられた。

メイの頬は何故かほんのりと赤く染まり、唇は自然に笑みをもらしている。

すみれの砂糖漬けの小皿と花柄のカップを残し、手際良くテーブルの上を片付けると、丁寧に膝を折った。


「おやすみなさい。エミリー様」


トレイを持ってパタパタと部屋を出ていくメイの後ろ姿は、なんだか嬉しそうに弾んでいるように見えた。


「おやすみ・・・メイ」


メイがこんな時間に退室して行くなんて、珍しい。いつも夜遅くまで付き合っておしゃべりしてくれるけれど、今夜は何か用事があるみたい。

もう少し、ラステアの姫君のことを聞きたかったわ・・・。


生まれながらのお姫様。


きっと、アラン様のお妃になられる方


アラン様の、心に決めた方―――