シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

二階建ての瀟洒な造りの家。

自慢のイングリッシュガーデンには色とりどりの花が咲き、咲き揃ったラベンダーの香りがほんわりと辺りに漂う。


「エミリー、そこのバケツを取ってくれ」

エミリーは父親と一緒に花壇のそばで遊んでいた。小さな手にスコップを持って一生懸命穴を掘っていた。


「はい、パパ。どーぞ・・・ね、なにしてるの?」

小さな体の隣に置いてあったバケツを取って、父親に渡すと、足元に何か短いヒモのようなものが沢山固めてあった。


「これは、秘密の良いものさ」

ウィンクをして悪戯っこい笑顔を見せる父親。


「いいもの・・・?」


パパはバケツの中にいいものをどんどん入れてる。

なんだかとっても楽しそう。わたしも、あのいいものがほしい。


小さなエミリーにはそれが何なのか分からないが、父親の嬉しそうな顔が堪らなく羨ましくて。自分も欲しくて堪らなくなった。


「パパ、わたしもそれほしい」


バケツに小さな手が伸びる。庭石につまずいてよろめく小さな体。


「待ちなさい!エミリー、危ない!」


焦ったようなパパの声。

気がついたら、バケツを頭にかぶり、うにうにとうごめく長い生き物が髪から手に至るまで、身体中にくっついていた。

あまりの気持ち悪さとバケツを退けるパパの真剣な顔に驚いて、怖くて、沸き上がる感情を思い切り吐き出した。


「う゛ぇ・・う゛えぇーーん」


その尋常じゃない泣き声に、何か叫びながら駆け寄る母親の焦った顔――――



「エ・・・ま・・・・う・・すか?」



何処からか声が聞こえる。この声は―――


「エミ・・さま・・・・か?」


「・・・ん・・・誰・・・パパなの?」


ぼんやりとかすむ目に無機質な白い天井が映る。


そうだわ。ここは・・故郷じゃない・・・。


黒髪で切れ長のブラウンの瞳がすっと覗き込んだ。

この人、知ってる・・・えっと誰だっけ。いつも見かけるけど何故か記憶に薄い人。


「エミリー様、大丈夫ですか?」


あぁ、そう・・・護衛の人だわ。いつも後ろに居るから顔の印象がとても薄い。

その顔がパッと横を見たかと思ったら、スッと後退って視界から消えた。



「エミリー、何があった?」


眉を寄せた心配そうなアランの顔が除き込んだ。

ブルーの瞳が、ソファに横たわる身体を調べるようにすーっと眺めていく。


「突然倒れたと聞いて、急ぎ参った。そこにいる助手は、具合が悪いわけではないと言っておるが、そうなのか?」


「ぁ・・・ごめんなさい。具合が悪いわけではなくて。あの、わたし―――――」