シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「エミリー、このまま真っ直ぐ部屋に戻ってくれ。そうでないと、私はまたウォルターに叱られてしまう。あいつは、私より強いからね」


塔の玄関で、パトリックは名残惜しそうに、肩を包んでいた腕を離した。

玄関を背にして、パトリックと向き合うように立つエミリー。


「そうなんですか?でも、パトリックさんは長官なのでしょう?部下の方が強いだなんて・・・。パトリックさん、面白いことを言うんですね」

鈴が転がるような声を立てて笑うエミリー。その様子を見つめるパトリックの瞳に愛しさが溢れていく。



「まいったな・・・まだ離したくない。どうしたものかな?」


しなやかな身体の前に両腕を少し広げて差し出すパトリック。

少し震えている手は“もう一度君を包み込んでもいいか?”と尋ねている。

その腕を見て、困ったように俯くエミリー。


パトリックからこの言葉を聞くのは二度目。

前に聞いた時は冗談だと思っていたし、この言葉に深い想いがあったとは分からなかった。

けれど、知ってしまった今は、パトリックの気持ちが痛いほどに伝わってくる―――


「すまない・・・また困らせてしまったね。私は大人しく演習場に戻るよ」


広げていた腕をゆっくり下ろし、パトリックは振り返って鋭い瞳を向けた。

「いいか、必ず部屋まで無事に届けるんだ。今日、君は浅慮なことをした。その件ついて、後程始末書を提出してもらう」


厳しく言いおいて歩き去るパトリックに、護衛は無言で頭を下げた。

玄関前で待つ清楚な身体を守る仕事は、思ったよりも難しい・・・。

今までに護衛についたことがあるのは、訪問された来賓や隣国の姫。

ただ彼らと行動を共にし、周囲に目を配るだけで良かった。

それがこの方の場合・・・


”エミリー様の護衛の注意事項だ。危険な場所、長時間の外出は必ず止めること。外出時は如何なる理由があろうと傍を離れない。予定外の行動は危険が伴わなければいいが、基本的に避けていただく。以上だ。よろしく頼む”


あいつはこんなに大変な護衛をしているのか。

もしあの時、団長たちが駆け付けて来なかったら、この方を守りきれなかった。

あんなところに連れて行くなど、私は何て浅はかなことをしたのだろう。


もし、この方に怪我をさせていたら―――

護衛はアランの威厳ある瞳を思い出して身震いした。

今日、残りの時間はいっそう気を引き締めなければ。


「エミリー様、もうすぐ昼食の時間です。後程お迎えに参ります」

護衛は頭を下げて静かに扉を閉めた。