シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

シンディのサラッと言った言葉に驚いて、食後のコーヒーを慌てて飲みこみ、むせるパトリック。

その様子が落ち着いたのを見てとると、シンディは意味ありげに微笑みながら言った。


「分かるわ。だってお兄様がエミリーさんのお話をするときの顔は違うもの。前に話してくれたときも今も、このムースのように、とーっても蕩けるように甘いわ」


シンディはからかうような笑顔を向け、最後に取っておいたイチゴを愛しげに見つめると、ゆっくり口に入れて美味しそうに頬張った。



「・・・私は外見だけで彼女を好きになった訳ではないよ」



―――彼女は心も汚れがなくて美しい―――

謙虚で優しくて・・・強いかと思えば、とても脆くて

知り合いも家族もいないこの国で、一人で孤独に耐え、頑張っている彼女。

そんな彼女を一生守ってやりたい・・・傍にいてやりたい

愛が叶わずにアランの元に行ってしまったとしても、

この想いはずっと変わらない―――


テーブルの向こうで切なそうにブルーの瞳を伏せているパトリック。

きっと、心には溢れるように想いが詰まっている。

17歳のシンディにはその想いの大きさや深さは計りしれないものの、エミリーのことを凄く大切に思っていることは、何となく伝わってきていた。


「ふーん、そうなんだ――――。・・・でね、エミリーさんに挨拶してたらアラン様に会えたの。久しぶりに会えたから、嬉しくなって挨拶したら“早く行きなさい”て叱られちゃったわ。従妹に久しぶりに会えたんだから、少しくらいお話してくれても良いじゃない?なのに―――アラン様は相変わらず氷のように無表情だったわ」

頬を膨らませて口を尖らせるシンディ。そんなシンディを窘めるパトリック。


「いや、アランでなくとも、私でも叱る。我儘を言っては駄目だ。時間が決められていたんだろう?約束はきちんと守らなくちゃいけない」


食堂の振り子時計が10時の時を告げ始めた。


「シンディ、荷物は部屋に運んだのかい?明日は早く屋敷を出るからね。今夜は早く休んだほうがいい。寝坊したら置いていくからね?」





パトリックは自室に向かうと、早速シャワーを浴び、髪をタオルで拭きながら届いていた書状に目を通し始めた。


「グレイ家から舞踏会の招待状か・・・この日は公務が忙しいな・・・こっちは、ハットン家のご令嬢のバースディパーティ・・・これもバツだな・・・」



次々に書状を開けてサインをしていくパトリック。



広大な屋敷の部屋で一つだけ灯る部屋の灯りは、真夜中を過ぎた頃に漸く消された。