シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「シンディ、エミリーに会ったのか?」

パトリックは意外な偶然に驚いて、ナイフを動かす手をピタリと止めた。


「お兄様に会いに演習場に行ったでしょう?あのあと頑張って走ったんだけど、もう間に合わないかも!って思ったの。時間が分からなくて、丁度玄関の傍を歩いていた奇麗な女の人に時間を聞いたの」


シンディは鉄板の上でジュウジュウと音を立てているステーキを一口大に切ると、美味しそうにほおばった。


「そしたら、その人、時計持ってなくて―――後ろにいた護衛の人が教えてくれたわ。護衛が時計持ってるなんて、私びっくりしたわ。お城ではそういうものなの?」


シンディは付け合わせのニンジンをそっと脇に避けて、肉にナイフを差し入れた。


「その護衛は特別だ。アランの塔の3階の護衛だからね。普通、兵士団長以外は時計を持っていない。こら。シンディ、ニンジンも食べなければダメだ」


パトリックはたしなめるような瞳で可愛い妹を見つめた。

言われたシンディはげんなりとした表情になり、ニンジンをフォークでツンツンとつついた。



「お兄様、3階の護衛ってそんなに特別なの?」

シンディはニンジンをつつくのを止め、再びステーキを口に入れた。


「3階の護衛はアランや妃とか、王家の者を直に守るからね。全てに秀でた者が選ばれる。まぁ、アランに護衛なんて必要ないから今まではいないも同然だったが。彼女が3階に移動してからは、アランが護衛を選んでいたよ・・・。シンディ、ニンジンを食べないと、デザートは無しだよ?」


ニンジンだけ残った鉄板を睨み、シンディは意を決したようにフォークを突き刺した。

まるで敵を見るような瞳で見つめると、ギュッと閉じて口に入れた。

瞳を閉じたままモグモグして、やっとの思いで飲み込んだ。


「お兄様、食べたわ!」

シンディは嬉しそうに笑うと、ナフキンで口を拭いた。

「よく食べたね。さぁデザートだ」


パトリックが給仕に合図すると、鉄板がすぐに下げられた。


「でね、その女の人がエミリーさんだったの。だって一目見て分かったわ。ブロンドに奇麗な紫の瞳だったもの。とても綺麗な人だった。透き通るような肌にブロンドが光りに艶めいてて・・・」


テーブルにはデザートのイチゴの乗ったムースが出てきた。

シンディは嬉しそうに一口食べると、蕩けるような甘さに酔いしれた。


「んー、おいしい!・・・でね、思ったの。あの人なら、お兄様が好きになってしまうのも分かるわって。お嫁さんにしたいんでしょう?」



「―――っ!?シンディ、何でそれを?」