シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「変わりはないか?」

「はい。シンディ様がこちらに参っております」

「シンディが?」

執事がにっこりと微笑んで頭を下げると、同時にパタパタと廊下を走る音が聞こえてきた。


「パトリックお兄様!おかえりなさい!」


元気な声が玄関ホールに響き渡る。

走り寄って飛びつくように胸に抱きついて頬を埋めた後、シンディは訝しげな顔をしてパトリックを見上げた。


「お兄様、香水の香りがするわ。どこかで女の人と会っていたの?」

口を尖らせ、拗ねたようにぷいっと横を向いた。

小さな頬がぷくっと膨れてとても可愛らしい。


「あぁ、これは、今さっき―――いや、それよりも。どうしてシンディがここにいるんだい?別荘に帰らなくても良いのか?」

「いいの。だって、これから毎日、巫女の舞いと口上の練習があるのよ?別荘から通っていたのでは遠くて不便だわ。だから、月祭りまでここにいなさいって、ママに言われたの。いいでしょう?お兄様」

パトリックの腕にしがみつき、可愛い微笑みを向けて甘えるシンディ。


「それはいいが、学校は行かなくてもいいのか?月祭りのためとはいえ、学校は休みじゃないだろう?ここからじゃ学校は遠すぎる」


腕に掴まって、ダンスのようにステップを踏んで遊ぶ可愛い妹の動きに苦戦しながら、パトリックは居間に続く廊下を歩いた。


「いいの。今回は特別に単位が貰えるもの。それに、勉学については、城の誰かが教えて下さるそうよ。だから、明日から毎日お兄様と一緒に城に行くわ」


楽しげに話をするシンディの様子に、さっきまで抱えていたアリソンの重い感情の残り香が、すーっと消えていく。



「お兄様、夕食はまだでしょう?一緒に食べようと思って、私もまだ食べていないの。お腹空いちゃったわ」


パトリックの腕を引っ張り、食堂へと誘うシンディ。

食堂には二人分の料理が既に整えられ、温かな湯気を出していた。

パトリックがいつもの席に座ると、シンディが向かいの席にスッと座った。

いつも一人で食事していたパトリックにとって、人が一人増えただけでなんだか食堂の雰囲気が違って見える。


屋敷で機械的に済ませていた食事も、話し相手がいるだけでいつものスープも美味しく感じる。


もし愛が叶ってエミリーが屋敷に来てくれたら、毎日がこんなに楽しく、幸せなものになるだろう。

パトリックはシンディの話に相槌をうちながら、エミリーの笑顔を思い出していた。


「お兄様。私お城でエミリーさんに会ったわ」