シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

メイと入れ替わるように部屋を立ち去ったアランは、政務塔の廊下を歩いていた。向かった先は執務室ではなく、医務室。


「フランクはおるか?」


音もたてずに入った医務室には、どこにもフランクの姿が見えなかった。

治療室にも、いない。出直そうと踵を返すと、フランクが医務室に戻ってきた。

手には、何やら小さな箱を持っている。アランの姿を確認するなり、フランクの冷静な眼鏡がキラリと光った。


「これは・・これは王子様―――わざわざ此方に参らなくても。申していただければ私の方から訪問いたしますのに。今日はどのようなご用件ですか?」

「彼女が朝、怪我をした鳥を持って参っただろう。様子はどうだ?彼女が心配しておる」

フランクは眼鏡の奥をふっと緩め、持っていた箱を棚に置くと、治療室から小さな籠を持ってきた。


「はい、王子様・・・このとおり、治療は終わっております。後は餌を食べさせて回復を待つだけです」

小鳥は小さな包帯を羽に巻いて柔らかな布の上に蹲っていた。つぶらな瞳を瞑ってすやすやと眠っている。


「もう大丈夫のようだな・・・」

「王子様は本当に―――いや、何でもありません」

鳥の様子を真剣に眺める様子のアランが微笑ましい。

フランクがクスッと笑うと、アランは訝しげな表情をフランクに向けた。


「フランク、この後も鳥の治療をしかと頼む」





「では、シンディ。明日から早速頼むよ。学校の方には連絡しておくからね」

神官はシンディに書類の入った封筒を渡すとにっこりと笑った。

シンディは会議室の中で神官と祭事長官と打ち合わせをしていた。


「はい。神官様、よろしくお願い致します」


丁寧に頭を下げて退室をすると、会議室から少し離れた場所まで来て、封筒の中身をこっそり見た。

作法とか、服装とか、舞いの振り付けや口上がびっしりと、図解入りで事細かに書かれている。これを当日までにすべて覚えなければいけない。

1回こっきりでやり直しが出来ないから、ある意味勉学よりも厄介で大変だ。


「引き受けるんじゃなかったわ・・・」


シンディは大きなため息をついた。巫女ってもっと簡単だと思っていた。

立候補までしてやりたかった月祭りの巫女は、神官の話を聞いているうちに、すごく複雑で難しいことだと分かった。


「でも今更後悔しても遅いわ。明日から毎日ここに来れるんだから、頑張らないと。城に来れば大好きなパトリックお兄様にも逢えるし、それに―――――そうだわ!今ならきっと・・・」


嬉しそうに微笑むと、シンディは弾むような足取りで廊下の向こうに消えた。