シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「え・・・・?」

武骨な指が頬を撫で、唇の輪郭を辿るようにスーッと撫でた。


”・・・・・・”


目の前の唇が微かに動き、何かを呟いた。

それはとても微かな響きで、息も掛かりそうなほどに近くにいても聞こえないものだった。

後ろ髪に差しれられた掌が、ゆっくりと抜き取られていく。


「すまない―――このままでは、君を、傷付けてしまいそうだ・・・」

身体を覆っていたアランの体が離れていく。それと同時にソファの上に身体がすーっと起こされていく。


「先程は、君に怒っていた訳ではない。だから、謝っては駄目だ。良いな?」


辛そうな表情を浮かべているアラン。

その表情を見ていると、このまま遠くに行ってしまって、もう永遠に逢えないような気がしてしまう。

離れて欲しくなくて、傍にいて欲しくて、引き留めたくて、服の袖をキュッと掴んだ。

アメジストの瞳がゆらゆらと揺れ、下睫毛に涙が堪り始めていた。


「どうして・・・?」


哀しげに発せられた言葉は短い。けれど、これにはアランに問いかけたいすべての言葉が含まれていた。


どうしてそんなに優しいの・・・どうしてそんな顔をするの・・・

どうして離れて行くの・・・・・今、何て言ったの?


アランは袖に絡まる指を見つめると、辛そうに微笑んだ。問いかけられた全ての疑問に答えられるのは、今はこの言葉しかない。


「何度も申したであろう・・・”君を大切に想っておる”と」

服を掴んでいる指を解いて、そのまま唇に寄せた。


「君の、この指には、敵わぬ・・・」

長くて美しい指をエミリーの膝の上に丁寧に返すと、アランはスッと立ち上がった。



「護衛はそこにおるか。メイを呼んで参れ」

テノールの響きが廊下に控えている護衛の耳に届いた。

数刻後には、息を切らしたメイがやってきて、サッと膝を折って挨拶をした。

「アラン様、御呼びですか?」

メイの瞳がソファの脇に立っているアランと、哀しげな表情をして俯いているエミリーの姿を捕らえた。

―――エミリー様、どうしたのかしら。何か哀しそう・・・まさか、あの小鳥に何か?治療が間に合わずに死んでしまったとか・・・。アラン様も、なんだかいつもと様子が違う。


「メイ、今より普段の仕事はせず、一日エミリーの傍についておれ。侍女長には私から申しておく。良いな」