シャクジの森で 〜月夜の誓い〜【完】

「え・・・?あの、アラン様の愛、ですか?そんな・・・。アラン様は、わたしには何も―――コレはただ、妹に対する慈しみのようなもので・・・愛とかそういう気持ちはないと、思うんですけど」


俯きながら恥ずかしげに答えるエミリー。

パトリックの質問には何故か自然に言葉が出てきて、隠したいことも素直に答えてしまう。

パトリックの瞳が一瞬見開かれ、唇がフッと緩んだ。


「そうか。君はそう思っているんだね?」


どこか愉快そうにしながら、念を押すように尋ねるパトリック。

さっきまでの哀しげな瞳から一変し、不敵な輝きを放ち始めた。


エミリーは不思議そうにそんなパトリックを見つめ、無言で頷いた。

アランがそんな感情を自分に向けているとは、到底思えない。

そんな気持ちがあれば、二人きりで部屋にいるときに、力なく身を任せていることが分かれば、とっくに何もかも奪われているはずだ。


「私は、愛する人には誠実だ。この想いに気付いてからは、他の女性は誘っていないし、誘われても丁重に御断りしている。君も、いろいろ噂を聞くと思うが、決して惑わされないで欲しい。」

爽やかな風が二人の間を吹き抜けていく。


「私は9歳年上だ。今までそういう対象になっていなかったと思うが、心の中に少しでも入れておいて欲しい。私は幸せにする自信がある。この場で愛を告げてもいいんだが―――それは、聖なる月の夜まで我慢するよ」

噴水の水しぶきが風にはこばれ、縁を歩く小鳥を濡らし、驚いた小鳥はバタバタと羽をばたつかせて飛んでいった。


「これは今の私が出来る、精一杯の気持ちの表現だ」


パトリックは、エミリーの後ろ髪に手を差し入れると

額にそっと、甘い口づけをした。


パトリックの行為が、あまりにも自然で当たり前のようで、避けることも拒むこともできなかったエミリーは、呆然と目の前の甘い微笑みを見つめていた。


「もう、半分愛を告げたようなものだな・・・。私の気持ちは少しは伝わったかな?このまま屋敷に連れ帰りたいが、そうもいかない。私はそろそろ行かなくては、ウォルターに叱られてしまう」


パトリックは、遠くから鋭い瞳を向けている護衛を手招きすると、もう一度エミリーの手を握った。

掌の中でピクッと震える手。


「驚かせてしまったね。でも私は本気だよ。嫌っていないのであれば、考えておいて欲しい。月祭りの夜に、私は愛を告げに行く」



護衛が傍まで来たのを確認すると、パトリックはもう一度額に軽く唇を乗せると、ウォルターの待つ演習場へと急いだ。


エミリーはベンチに座ったまま、パトリックの唇が触れた額を、そっと掌で覆った。