記憶混濁*甘い痛み*


「……残念」


友梨は返す本だけ棚に戻すと、宣教本ではなく讃美歌の楽譜を手に取った。




病室にピアノはないけれど、談話室には置いてある。


今日はもう夜になるから、明日弾いても良いかどうか、狩谷先生に聞いてみよう。

来月にはクリスマスがあるし、リズ達に賛美歌を覚えてもらうのも良いかもしれない。




そんな風に思っていると、しんしんとした寒さが降りて来て友梨はお気に入りのストールを腰から肩まで引き上げた。


ふと丸枠の窓の外を見ると、昨日から止んでいた雪が再び降り始めていた。


「どうりで…寒い筈だわ」


高校時代、ほぼ1人暮らしのような生活をしていた為に、ついつい唇から漏れる独り言。


またそぅっと和音の横を通って病室に帰ろうとして、和音の姿を見た時に、男性にしては細い肩と首のラインに、何だか胸が切なくなった。




……お兄様も細身の方だと思うけれど、このひとは、さらに細い。

身長が高くて肩幅がある程度しっかりしているから、貧弱には見えないものの、それでも男性にしてはかなり細身の部類だと思う。

綺麗な顔と繊細な体躯で、あまり異性の威圧感も感じない。