僕は、わけがわからなかったが、とりあえず受け取った。ありがとう、とも言った。でも、この子と話した記憶も、名前を言った記憶もない。
「あのさ、椿くん……」
「……はい?」
目の前にいる子は、モジモジとしていた。何を聞きたいんだろうか。たっぷり、三十秒おいて、ゆっくりとその子は口を開いた。
「好きな子って、いるの?」
……好きな子?それは、恋をしてるかってことだよね。僕は、今現在はいない。かといって、昔はいたのかと聞かれても、やっぱりいないと答えただろう。
「いないけど。」
「……そっか。受け取ってくれて、ありがとう。じゃ。」
その子は、足早と去り、二つ隣の教室に消えていった。結局、あの子は誰だったんだろうか……疑問を持っていると、後ろからぼんと誰かが、腕をかけてきた。松本だった。
「ようよう、モテモテじゃねーか。あの子、誰だよ。」
僕は、目をぱちくりとしたあと、松本を見て言った。
「えーっと、……誰でしょうか。」
僕が言うと、松本はあの子がいなくなった方を見ながら、眉をひそめ、目を細めた。



