「面白い事言うなぁ、柏木さんは」


 肩を揺らしてククッと笑っていると、彼女はすねたように唇を尖らせた。

「何も笑わなくてもいいじゃないですかぁ」

「あははっ、ごめん、ごめん。
 だってさ、“これからお出かけですか?”とか言うなら分かるけど。
 転職なんて言うからさ」

 忘年会の時に田口さんが言った『普段はぽやーっとしているんです』という言葉を思い出した。



―――本当に天然なんだ。
   店長たちも認めるほど仕事が出来るのになぁ。

 こういうギャップはいいかも。


「そんなにおかしなこと、言いましたか?」
 口を尖らせた上に、今度は頬まで膨らませる。

 その姿は幼いと思ったが、ほほえましくも思った。


「ごめんね、もう笑わないから」
 にじんだ涙を指でぬぐって、意志の力で笑いを腹に収めた。


「オーナーの友人が隣町でバーを開いたってことで、そのお祝いに出席するからスーツなんだよ。
 今夜オーナーはどうしても外せない用事があるから、代わりにね。
 明日の食材の発注を終えたら行くんだ」

 市場宛に注文のファックスを流しながら教えてあげた。


「そうだったんですかぁ。
 よかった」
 柏木さんがなぜかほっと息をついて、胸をなでおろす。


「何がよかったの?」


「だって、三山さんが事務員になったらもうお料理食べられなくなるじゃないですか。
 だから、私の勘違いでよかったなって」
 柏木さんがにっこり笑った。
 
 そして、何かを思い出した顔つきになる。


「そうだ。
 昨夜、団体様のコース料理でステーキを焼いたのって、三山さんですよね?」

 確認するかのように尋ねてきた