冥王星

夜、ゲドウの工房で
ポーズをとっていた。

約束どおり、15分ポーズし、
5分休憩した。

しかし、今夜ゲドウは
ほとんど俺を見ていない。
これならポーズする必要
ないんじゃないか?

大きな、カンバスを張った板に
へらで絵の具を塗っていた。
まるで左官だ。

俺が砂袋から視線を外して
その様子をみていると
ゲドウが言った。

「目線をはずすんじゃない。」

見てないようでちゃんと
見ていやがるんだ。

「おまえは極東の出身だな。」

「そうだ。」

俺は砂袋をみつめたまま
答えた。

「極東人は全然ちがうな。
筋肉のつき方も、
骨格も。」

「へえ。そんなもんかね。
たしかに顔なんかは全然
ちがうよな。」

「この前、おまえと同じ
極東人がここにぶち込まれたな。
同郷か?」

「ニコルのことか?
あいつとは隣の国だよ。」

「国は違えど、人種としては
全く同じだな。」

「そうかもな。
15分経ったぜ。」

俺は休憩した。

ゲドウは作業を続けた。

今朝ここにあった、
マタイの召し出しの絵画が
なくなっていた。

「朝あった絵はもう
出荷したのか?」

「ああ。」

「おまえの絵、もっと見てみたいな。」

「俺の絵は、世界中に散らばってるよ。
教会の壁面や、貴族の屋敷を
飾っている。」

「じゃあ、全て見ることは難しいな。」

「俺の絵はな、好きな奴にはたまらない
らしいんだが、きらいな奴には、
徹底的に拒絶される。

教会にたのまれて奉納すると、
そこの神父が、
この絵を描いた者は邪悪だ。
とか言って、受け取りを拒否する。

もっとも、その絵もすぐに買い手が
つくんだが。

そんなことはしょっちゅうで、
描き直しを要求されることもある。」

「あんたは邪悪なのか?」

「邪悪だよ。
俺は外道。だからゲドウって
呼ばせてるんだ。

さあ、5分経ったぞ。
休憩おわり。」




消灯時間が来て、
今日の仕事は終わった。

俺はゲドウのカンバスを
覗いてみた。

それはただ全面真っ黒に
塗りつぶしてあるだけだった。

「なんだよこれ!
俺必要あったのか?」

俺は文句を垂れた。

「必要なんだよ。」

ゲドウの声は静かだったが
切実だった。

絵師という連中のことは
よくわからない。

黒く塗りつぶされた画面に
ゲドウの言う邪悪が
塗りこめられているのだろうか?

ただの真っ黒な画面に、
俺は不思議に吸い寄せられ、
しばらく見つめていた。

やさしい黒い花びらが
たくさん重なっているような
やわらかい黒だった。

「とっとと行けよ。」

ゲドウに追い出されて
寝室に戻った。