冥王星

起床時間になるとすぐに、せむしに声をかけた。

「ここで回復魔法の一番の使い手は誰だ?」

せむしはまだねぼけている。

「一番の使い手だってえ?わからんけど、
トラビス助祭なら教えてくれるんじゃないの?」

「紹介してくれよ」



せむしと共に聖堂に向かった。

ひざまずき、組んだ両の手に額をつけ、
じっ、とまるで沈むように祈る若者の姿があった。

「あの人がトラビス助祭だよ。」

せむしが教えてくれた。
助祭というから年配者を想像していたので意外だった。

あまり静かに黙祷しているので、声をかけるのがはばかられた。

「わかった。ありがとうよ。」

せむしは去っていった。

俺はどうしたものか思案し、祈るトラビス助祭を見守っていた。
すると助祭は顔を上げ、俺を見とめた。

「おはようございます。」

俺はすかざず挨拶した。

「おはようございます。」

トラビスが立ち上がった。
深い緑色のとても美しい目をしていた。

「ここでの生活はどうですか?
もう慣れましたか?」

やさしい口調だった。

「まだ、慣れないことだらけで。でもなんとかなっています。

あの、私に回復魔法を教えていただけませんか?」

トラビスは驚いたように両手を広げた。

「いいですとも!私にお手伝いできることがあればなんでもいたしましょう。」

この人は若くして助祭になっただけのことはある。
人格者のように思えた。


回復魔法はごく簡単な呪文ばかりだった。

「この呪文に効力を持たせるには、経験値を積むしかないですね。」

「それは、例えば心の傷でもいいのですか?」

「心の傷!もちろんですとも。
しかし心の傷を治すことはとてもむずかしいことなのです。
そのかわり経験値も大きいのですが。」

ミカエル山には毎日巡礼者がつめかけていた。
その中にはケガや病気の治癒を求めてやってくるものもいた。
もっとも、病気に関しては、根本的な治療というよりは、
対処療法的なものだった。

しかし俺は今、大聖堂の土台の修復工事を担当していたので、
回復魔法の経験値を積むといっても、この中でやっていくしかなかった。

「心の傷は、結局のところ、その人本人が自分で治していくしかないんですよ。
他者は、できることがないんです。せいぜい、見守ってやるくらいでしょうか。」

トラビスは目をふせて少し寂しそうに言った。

「そうかもしれませんね。」

最初に目に飛び込んできた、この男の祈るすがた、そしてこの寂しそうな目。
誠実な人間のようだが、何か問題を抱えている人のようにも見えた。





(心の傷を抱えた奴っていったらあいつだよな。)

(糞餓鬼博士だ!)