冥王星

「いつも怒るだけで、
何も話もしなかったの?」

ニカイアは続けた。
まるで尋問じゃないか。

「あまり、話すことは、
なかった。」

ニコルが答えた。

「毎日あの人は、ほんとは
つらかったんじゃないの?
あなたに怒られてばかりで。」

ニカイアが淡々と言った。
決して攻撃している
わけではない。

自分の言葉で、
ニコルが傷ついていることが
わからないんだ。

「ニコルがロメオを
追い詰めたのかもよ?」

ニカイアが平気で言った。

ニコルは黙した。
そこに強い重力が生まれ、
どこまでも
落ちていくようだった。

俺は二段ベッドの
はしごを降りた。

「ニカイア、やめろ。」

ニカイアは
ベッドの柵につかまり、
斜め下にいるニコルを
見下ろしていた。

闇の中に、
金色の瞳が
好奇心で光っていた。

ニコルは
這いつくばるように
背を向けていた。

俺はニカイアの
ベッドの柵に手を置いた。

ニカイアの目を見た。
ニカイアの目は、
初めて俺と
交信しようとしている。

「ロメオが
何で死んだのかは、
今となってはもうわからない。

俺も、誰も、
ロメオが苦しんでいたことは
気付かなかったし、
苦しんでいたのか
どうかすらも、
もうわからないよ。」

ニカイアがぱちくりと
まばたきをした。

それから俺は
ニコルの傍らに行った。

ニコルの背をつかんだ。

「なあ。そうだろう。」

ニコルはシーツに顔を
うずめたままだ。
俺はさらにニコルに
語りかけた。

「おまえ、知ってる?
ロメオがすねに
刺青入れてたの。」

ニコルは体勢を変えないまま、
低い声で言った。

「見たことがあるように思う。」

「あれには女の名前が
入ってたんだぜ。」

俺は立ち上がって
ニカイアに言った。

「そうだったよな。」

「そうだ。ジュリエッタって。」

俺はふたたび
ニコルの背に触れた。

「ひょっとして、
その女のもとへ、
行ったのかも。」

それから、
ニカイアに言った。

「そんな可能性だって、
ないとは言えないぜ。」

「ふうん・・・」

ニカイアが虚空を見つめた。
まるで
彼岸を眺めているようだ。

「そんな、歌劇みたいなこと、
あるかな。
あんな野暮なロメオに。」

ニカイアは
腑に落ちない様子だ。

「ロメオ、ごめんよ。
何も気付いてあげられなくて。」

又三郎が言った。

ニコルは石になったように、
一切動かなかった。
ニコルの顔は見えなかった。

「ニコル。」

小さな声で俺は呼んだ。
返事はない。

又三郎が
二段ベッドの上から
俺に手を差し伸べた。

「ミゲーレ、寝よう。」

俺がふたたび又三郎を
抱くように床につくと
又三郎が言った。

「ミゲーレ、今日からずっと、
ここで一緒に寝よう。」

「そうする。」

俺はニコルのことが
不安だった。