冥王星

アイリスは床に置いた
かばんから紙袋を
取り出した。

「これ、みなさんで
めしあがってね。」

中を覗いてみると
色とりどりの
丸い焼き菓子が
たくさん入っていた。
甘い香りがした。

「白がバニラ。赤が野いちご。
緑が豆。茶色がコーヒー。
黒がチョコレートよ。

一つ召し上がってみて。」

俺はバニラビーンズの粒の
入った白い焼き菓子を
一口に食べた。

表面はかたく歯ごたえがあり、
噛み砕くとバニラの香りが
広がった。

「うまい。」

俺は道化師時代に興行で行った
ルテキアの街を思い出した。
洗練された、美しい街だった。

アイリスはにっこり微笑んだ。
この人の夫は幸せ者だと思う。

「なんだか、
弟があなたに夢中になってしまうのが
わかる気がする。

あなたは男の方のわりに、
とても細やかに物事を
みつめていらっしゃるわ。」

俺は焼き菓子の後味にひたっていた。

「そんなことははじめて
言われましたよ。」

「私の主人ときたら、
てんで鈍感ですもの。」

「でもやさしいご主人じゃ
ないですか。ルテキアから
こんなところまで来てくれるなんて。」

アイリスは恥ずかしそうに
うつむいて微笑んだ。

そんなしぐさは
とても又三郎に似ていた。


「では私はおいとまします。
お時間をいただいて
ありがとうございました。」

「本当に、又三郎に会っていかなくて
いいんですか?」

「ええ。私に会えば、あの子には
里心がつきます。
この問題は、ぜひあの子自身で
解決してもらいたいのです。」

アイリスは本当に
すばらしい姉だと思う。
母親よりもむしろ聡明な、
冷静な母性のように
思う。

俺はアイリスを表まで
送っていった。

「せっかく来ていただいたのに、
大聖堂があの状態で、
すみません。礼拝もできず。」

「あれもあの子がやったのよね。
謝らなくてはいけないのは
むしろこっちだわ。」

「又三郎は、ちゃんと謝りましたよ。
たぶん。」

表には背中を丸めて
寒そうに行ったり来たりしている
大きな男がいた。
それがアイリスの夫だった。

「ミゲーレさま、弟のこと、
よろしくお願いします。」

アイリスが言った。
俺は二人に挨拶をして
見送った。

夫は大きな荷物を担ぎ、
片手をアイリスの肩に
まわしてかばうように
歩いていった。

俺の知らない、
一般家庭の姿だった。