ドアを開け、電気を点けたそこは、何日も使われていないかのように生活感がなくて肌寒かった。1年前と変わりのない、整頓はされているけれど埃がたまっている部屋の片隅には、今はもう使われていなさそうなお母さんの鏡台があって、その上には学生時代のお父さんとお母さんの写真や私たち家族の写真が写真立てに飾られ、鏡台のテーブルが見えないほど沢山並べられていた。そのうちのひとつをなんとはなしに手に取る。

「若い……」


 写真の中で、今の私とさほど年の離れていないお父さんとお母さんが卒業証書と婚姻届を持って幸せそうに笑っていた。卒業証書にはお父さんの名前、「河野晴人」が綺麗な字で書かれていているのがなんとなく見える。生憎、婚姻届には名前や住所などの筆記必要事項には、全て黒く埋められていたけれど読むことはできなかった。お父さんの髪は全体的に長くて、髪をかけた耳にはシルバーのピアスが数個輝いている。前髪から覗く目元は赤く薄ら腫れていた。陰気そうな髪型のくせにピアスよりも輝く笑顔で、どこかのアマチュアのビジュアル系に見えないこともない。そんな顔面と髪型で制服を着ているせいで頭が悪そうに見える。実際にそんなに偏差値の高くない所の制服だ。卒業式の日に「髪を染めなかったことが奇跡だ」と沢山の先生に言われていそうだなあ。

 お母さんは、この頃から優しそうな表情をしている。今よりも明るい栗色の髪だけれど、写真からでも分かる柔らかい雰囲気が嫌味や下品な感じをさせていなくて、今ならきっと森ガールと言われていそうな外見をしていた。お父さんの卒業と、今から婚姻届を役所へ出す興奮のせいか、少し頬が赤らんでいる。今のお母さんは、もうこんな顔をすることはないだろう。その不安を裏切る気配が当たり前のようにやってこない。
写真を元の場所へ慎重に置き、顔を上げると埃がついて曇った鏡に、お父さんの面影のある私が、私を陰気そうに見ていて嫌になった。ずいぶん長い間美容室に行ってなかったせいで伸びた前髪が、いっそう写真の中のお父さんに似ていた。

 私の心が音もなく軋んだ。